からだ本来の姿、本来の貴方のからだ。

臨床家として立つ

 
<臨床家として立つ~職~>

操体法との出会い、そして天職としての自身。


 

操体法に出会う

hashimoto早いもので治療することの出来る人間になりたいとサラリーマンを辞めてから十六年になります。
鍼灸マッサージの学校で学びながら、年に二日しか休みのない治療院で按摩を習いつつ働いている時に「万病を治す妙療法」を読み、当時の自分には良くわからないけれどこの考え方には共感できる!とすぐにピンと来たのです。

何にピンと来たのか?思い出してみると、生きている存在を診る 、そこに命あるからこそヒトのからだなのだから、自然の一部として診る。
橋本敬三先生が、腰が痛いという患者さんに「腰だけが悪いのなら、腰だけ置いてけ!」とおっしゃっていた話とか、全体として診る。
というところが、当時習っていた疾患にとらわれず、全体を整えればおのずと回復するという鍼灸の世界観、東洋哲学と合致したのでしょう。

 

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生きる理由

三浦寛先生が柔道整復学生時代に、鍼灸側の授業をする先生なのに橋本敬三先生にお会いして、「なんだか面白い先生だなァ」と思って、許可を取った上で授業を聞かせていただいて、ご縁が出来たというエピソードがあります。

このお話を聞いたときに、運命に似たような「生きている理由」のような物を感じたのです。

私は鍼灸マッサージ学校を卒業後、柔道整復の学校に通いながら整形外科、中国漢方鍼灸内科、治療院と研修を積み、満を持して 開業したのです。

それがどうだったかと言えば、精一杯自分自身を信じてやり通すという私の信念のあまり、患者さんには好評なものの一日が終わった後にグッタリクタクタ・・・。腰は慢性的にズンズン、肘は鈍痛でジンジン、足はパンパン、オシッコチョロチョロ(これは冗談ですゥ)神経痛の為、休日は日課のように治療院通い。
亀の様に歩みの遅い私でも、さすがに気付きました。「私は臨床家として生きて行きたい!」でも「患者さんの満足と引き換えにこの生活をしていたら、死んでしまうかもしれない」・・と。

その時ふと、医道の日本誌をパラパラと見ている時に三浦寛先生の操体講習会を見つけることになるのです。タイミング良く運命は導かれるように・・・。

操体講習会では、 私の学んできた事と、臨床で築いてきたこと、考えて悩んでいたことに対して、正しかったことや誤っていたことに、一つ一つ気付くことが出来ました。

”生きていくこと”に、納得することが出来るのです。 「ありがたく生かされているんだ」と。

自己管理できること。自分に責任を持つこと。 知るべきことを知ること。 生きていくための最低限の義務を果たすこと。 (食・息・動・想・環境という操体の哲学) それを伝えていくこと。 患者さんにも知っていただくこと。 一緒に学んでいくことが出来れば・・・と。

ちなみにそれ以来、忙しかろうと、体のどこかが痛かろうと焦らなくて済むようになったのです。 これは臨床家として必要不可欠だと思うんですネ。

その方法は、操体の中にしっかりと流れている橋本敬三先生の哲学思想を汲み取り、その範囲内で遊ばせていただける自由。 「百点満点でなくても良い、六十点取れていれば良いのだヨ」 「操体法がエラいんじゃない、自然の法則が大事なんだヨ」 というところに救われているんですね。

私は導かれるように「操体法」に出会い、それを伝え皆様の健康に役立てる事が私の「生かされてる理由」と解釈し学び続けています。

岡村 郁生

 

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